2026年1月15日木曜日

genealogy

シドニーSydney,AUのAEMから久しぶりのメール。やり取りの中で、パートリッジ・バンブーの話になった。そう有名なフックメーカーのPartridgeである。1980年代前半だったか、バンブーロッドをやり始めて日本の釣り雑誌に広告を出したことがある。竹竿を持った職人の写真と共に『雨の日は仕事をしない』とあった。このコピーだけは明白に覚えている。当時、英国系のバンブーロッドには興味が行っていなかったけど、ncaがレストアした8ft.#5のマッギンMcGinnだけは手元にある。オーストラリアン・バンブーの「系譜」genealogyはどうなっているんだろうと調べると、1880年代からと歴史は古い...
【ジョン・マッギンJohn McGinn ジョンは1981年頃にイギリスからAUへ移住し、最初はアデレードへ、その後ブリスベン南部のウッドリッジに定住した。1988年のラナルド・ムーアによる新聞記事で、ジョンは35年間竹竿を作り続けていると述べており、これは彼が1953年頃にイギリスで修行を始めたことを示唆しています。彼は20年間、イギリスのスプリットケーンロッドメーカー数社の下で下請けとして働き、その後レディッチのパートリッジに売却して移住した。 記事によると、ジョンのロッド製作工程は、ケーンを割る前に(写真によると、直火で焼くというローティサリーを使った)標準的な手順に沿っていました。割った部分の面取りは、手作業によるプレーナー削りではなく、必要なテーパーに合わせて機械で調整されました。彼のロッドは含浸処理されていました。ジョンのロッド生産量は不明ですが彼はオーストラリア市場だけでなく、アメリカと日本もターゲットにしていました。息子のカラムが彼を手伝っていました。彼のロッドにはすべて番号が付けられています。ジョンがいつバンブーロッドの製造をやめたのかは定かではないが、1990年代初頭には、バンブーロッドの製造工程に類似した工程でグラファイトのT字型断面を組み立てて接着する六角形のグラファイトロッドを製造していた。1990年代半ばに、この製品の権利は米国企業に買収された。】australian bamboo fly rod makers - a brief historyより抜粋。
イングリッシュ・スタイルの作りと金具が英国からの出自を象徴している...80年代、鉤やが突然バンブーロッドを扱い出した経緯の一端を知れた気がする。なぜ、今時マッギン?と思うかも知れないが、AEMが古いパートリッジ・バンブー・ブランクスを複数本持っているんですよ〜いずれNCAでロッドに...

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